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福岡地方裁判所小倉支部 昭和45年(ワ)950号 判決 1971年11月30日

原告

磧本宝

外二名

右原告ら訴訟代理人

小林英一

塘岡琢磨

被告

北九州市

右代表者

谷伍平

右訴訟代理人

二村正己

主文

一、被告は、原告磧本宝、同磧本一子に対し各金三〇九万四八一九円、原告磧本久子に対し金一〇万円および右各金員に対する昭和四五年四月一四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担としその余を被告の負担とする。

四、この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

(一)  被告は、原告磧本宝、同磧本一子に対し各金四八二万九、四九七円、原告磧本久子に対し金三四万一、〇〇六円および右各金員に対する昭和四五年四月一四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三)  被告敗訴の場合は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  当事者

1 原告ら

原告磧本宝、同磧本一子は夫婦であり、原告磧本久子、訴外亡磧本雅美(以下雅美という。)はいずれもその子であつて、原告磧本久子は雅美の姉にあたる。原告磧本宝、同磧本一子は雅美の後記死亡にもとづく相続によつてその一切の権利義務を承継したものである。

2 被告

被告は、普通地方公共団体であつて、北九州市八幡区大字槻田一、四〇三番地の三北九州市立高見小学校(以下高見小学校という。)を公の営造物として所有、管理しているものである。

(二)  事故の発生

雅美は、死亡当時高見小学校五年の生徒(一〇歳の男子)であつたところ、昭和四五年四月一三日午後四時四七分頃、同校東校舎南側三階階段(以下本件階段という。)において右階段の手摺りにつかまろうとしたが、身体のバランスを失つて吹き抜けに出てしまい、九メートル下の一階階段下土間に頭部から転落し、頭蓋開放性複骨折、脳挫滅の傷害によりその場で即死した。<以下略>

理由

一、当事者

原告らおよび雅美が原告ら主張の身分関係を有すること、被告が高見小学校を公の営造物として所有、管理していることは、当事者間に争いがない。

二、事故発生

雅美は死亡当時高見小学校五年の生徒(一〇歳の男子)であつたところ、原告ら主張の日時場所において発生した本件事故により死亡したことは、当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すれば、本件事故の経過としてつぎの事実を認めることができる。

雅美は、死亡当時五年一組の生徒であり、教室は三階にあつた。

五年一組の担任教諭安部稔は本件事故当日の午後四時四〇分頃五年一組の教室で級長に家庭学習プリント、時間割表の配布を依頼し、終つたら下校するよう指示して、職員会議に出席するため先に教室を出て行つた。

その後雅美は、一人で同教室を出たところ、廊下で五年二組の伊知地房子、吉田真理、木和田千鶴らに出会つた。雅美は、同女らの悪口をいいながら走つて同女らの側を通りすぎたが、三階から二階へ降りる本件階段の手前で転倒した。雅美から悪口をいわれた同女らはそれを見て雅美をはやしたてた。雅美は、起き上がるやそのまままつすぐ右階段に向つて走り、階段の上から二段目ぐらいのところから手摺りにとび乗ろうとした。しかし、勢いがついていたうえ、手摺りにととび乗ろうとした瞬間うしろを振り向いたため、体のバランスを失つて上半身が階段の吹き抜けに出てしまい、前記のように約九メートル下の一階床面まで墜落した。

三、責任原因

そこで、本件階段の設置または管理に瑕疵があり、本件事故がこれにより発生したか否かについて判断する。

(一)  本件階段の設置状況

本件階段は、高見小学校の生徒等が使用するために設置せられたものであり、一階から三階まで吹き抜けになつていること右階段には約九〇センチメートルの高さの手摺りがあること、当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

高見小学校校舎は、昭和三〇年頃完成した鉄筋コンクリート三階建ての建物であり、コの字型に建てられている。各区画はそれぞれの位置にしたがつて東校舎、南校舎、北校舎と呼ばれている。事故の発生した本件階段は東校舎に設置されている。右階段の蹴上げの高さは一五センチメートル、踏幅の長さは二八センチメートルある。右階段の三階への昇り口は上に向かつて左側に手摺りがあり、右側は校舎の壁になつている。手摺りの上面には幅一五センチメートル、厚さ五センチメートルの人造大理石がはり込められている。右階段の一階から三階までの吹き抜け部分の幅は八五センチメートルある。

なお、同校舎には本件階段以外に北校舎と南校舎に各一カ所三階まで通じる階段が設置されているが、いずれも吹き抜け部分は殆んどなく、南校舎階段手摺りには本件事故後防護柵が取り付けられている。

また、被告所有管理にかかる他の小、中学校のうち本件階段と同様の吹き抜け部分を有する階段が設置されているのはわずか九校にすぎないが、いずれも本件事故後防護柵が取り付けられた。

(二)  本件階段の管理状況

<証拠>を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

前記のような本件階段の設置状況から、生徒の中には手摺りに手をかけたり、馬乗りになつたりして、手摺りをすべり下りる者が絶えなかつた。

学校側においても、校舎完成以来、本件階段の吹き抜け部分の危険性に気づいており、生徒には児童朝会等の機会を見つけては右手摺りをすべり下りないよう注意していた。また、昭和四四年一一月には同校校長相川定は北九州市教育委員会に対し本件階段についての安全防止対策として危険防止網を設置するよう要望し、右教育委員会においても昭和四五年度の事態として予算を計上し、同年度中に工事に取りかかる予定であつた。

(三)  ところで、公の営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物がその種類に応じて通常有すべき安全的性状または設備を欠いていることである。

これを本件について前記認定事実によつてみるに、本件階段は判断力が乏しく危険な行動に及びがちな小学生が使用するために設置せられたものであり、生徒の中には階下に下りる際手摺りをすべり下りようとする者がいることは当然予測すべきであるから、被告としては、生徒が手摺りをすべり下りないような設備をし、あるいは吹き抜け部分をなくすか、吹き抜け部分に防護網を取り付ける等して生徒が吹き抜け部分から階下に墜落しないような措置を講じるべきであつて、右設備等を欠く以上本件階段の設置または管理に瑕疵があつたものといわなければならない。

しかるに、本件階段手摺り上面には前記のような人造大理石がはめ込められていて、本件事故当時には防護柵も取り付けられておらず、生徒が容易にすべり下りることができるものであつた。しかも、右手摺りの構造からして右手摺りにとび乗ろうとした生徒が手足をすべらせ階段の吹き抜けへ体を転落させることは十分考えられ、その場合、本件階段は三階から一階まで幅八五センチメートルの吹き抜けとなつていてその間生徒が手でつかまるものがないから、吹き抜けへすべり落ちた生徒がそのまま一階床面まで墜落するおそれのあるものであつて、本件階段は危険な構造を有していたということができる。

また、被告において、昭和四五年度の事業として予算を計上していたとはいえ、昭和三〇年頃高見小学校校舎が完成以来本件事故に至るまで右階段手摺りに防護柵を取り付けあるいは吹き抜け部分に防護網を取り付ける等の危険防止の措置を怠つたことは本件階段の管理に瑕疵があつたものといわなければならない。

(四)  したがつて、被告には本件階段の設置または管理に瑕疵があつたというべきであり、以上認定の諸事実によれば、本件事故は右瑕疵によつて発生したものというべきであるから、被告は国家賠償法二条一項によつて雅美および原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。

四、損害

(一)  雅美

1  逸失利益

(1) 雅美が本件事故当時健康な男子であつたことは、当事者間に争いがなく、また、原告磧本宝本人尋問の結果によれば、雅美の父である原告磧本宝は会社員として定職に就いていること、雅美にも高等教育を受けさせ会社員等の地道な職業に就かせる希望があつたことが認められる。そして前記のように雅美は死亡当時一〇歳の男子であつたが、第一二回生命表によると一〇歳の男子の平均余命年数は59.80であるから、右の事情に照らして、雅美は、六九才余になるまで存命し、少なくとも二〇才から五九才に達するまでの四〇年間何らかの職業について収入をあげえたであろうことを推認することができる。

そこで、労働省労働統計調査部編昭和四四年賃金センサス第一巻第一表により、昭和四四年四月当時の全産業男子労働者一人当りの平均月額賃金給与額および平均年間賞与その他の特別給与額を基礎にして、一人当り一カ年の平均総収入を算出し、なお、雅美の生活費としては、右収入の五割を要するものと考えるのが相当であるから、これを右収入から控除すると、雅美が得たであろう年間純収入は別表2のとおりとなる。そして、各年令帯毎に、その年令帯の最後の年令に達したときに、その年令帯における純収入の合計額を受け取るものとして、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、本件事故当時の現価を求めると、別表3のとおり金七三六万七、一七一円となる。

(2) 損益相殺

ところで、雅美については本件事故当時から二〇歳に達するまでの一〇年間(端数は切り上げ。)にわたり、その養育費として相当の消費支出を要することは明らかである。そして、右養育費は本来雅美の両親である原告磧本宝、同磧本一子が負担すべきものであつて、本件事故により雅美自身がその出費を免れたものではないが、右養育費の支出があつてはじめて雅美の労働力が形成され前記の収入をあげうるものであること、雅美の本件事故による逸失利益は雅美の死亡によつて発生し、後記のように雅美の死亡と同時に右原告らに相続された反面、右原告らは本件事故により右期間中の雅美の養育費の支出を免れたものであること等を考慮すれば、衡平の理念に照らし、雅美の損害額を算定するに際しては当然右養育費を控除すべきである。そして、前記のような原告磧本宝の職業、雅美の健康状態等の事情を考えれば、雅美の養育費としては同人が二〇歳に達するまでの間一カ月あたり金一万円を要するとみるのが相当である。そうすると、その年額は金一二万円となるから、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、事故当時の現価を算出すると、つぎぎのとおり金九五万三、四〇〇円となり、雅美は右金員の消費支出を免れたことになる。

120,000円×7.945(10年のホフマン係数)=953,400円

それ故前記(1)の金額から右金額を控除すべきである。

(3) 過失相殺

前記のとおり本件階段手摺りはすべりやすく、また本件階段は一階から三階まで幅八五センチメートルの吹き抜けとなつているため右手摺りにとび乗ろうとすれば手足をすべらせ一階床面まで墜落する危険があり、学校側においても児童朝会等の機会に右手摺りをすべり下りないよう注意していたのであるから、雅美としては、右の危険性を予測し、学校側の注意を守つて右手摺りにとび乗ることは避けるべきであつた。そして、雅美は、当時一〇歳で小学校五年の生徒であつて、本件事故当時にはすでに学校あるいは家庭においてかなりの安全教育を施されていたことを推認でき、しかも、<証拠>によれば、雅美は利発的で責任感の強い子どもであつたことが認められるから、雅美は本件事故当時本件階段手摺りにとび乗ればいかなる危険を招来するかもしれないとの事理を弁識して、これに対処して行動しうる能力を有していたと考えるのが相当である。

しかるに、雅美は、この点の注意を欠いて、前記のように右手摺りにとび乗ろうとしたため、本件事故が発生したものであるから、雅美にも本件事故の発生について過失があるものというべく、本件事故による損害の算定につきこれを斟酌すべきである。そして、雅美の本件事故に対する過失割合は、前記のような本件階段の設置、管理の瑕疵の程度等を勘案すれば、三割であると考えるのが相当である。

(4) 結論

したがつて、前記(1)の金額から同(2)の金額を控除し、同(3)で認定した割合による過失相殺をすると、雅美は本件事故により被告に対し金四四八万九、六三九円(円未満切り捨て)の逸失利益の請求権を取得したことになる。

2  慰藉料

前記のとおり雅美は死亡当時一〇歳の男子であり、本件事故によつてその幼い生命を失つたものであるが、同人が本件階段三階手摺りから一階床面まで墜落して即死するまでの間極度の恐怖と苦痛に見舞われたことは容易に推察できる。そして、前記認定にかかる本件事故の経過、雅美の過失その他諸般の事情を考慮すれば、本件事故により雅美の蒙つた精神的苦痛を慰藉するには金一〇〇万円をもつて相当と認める。

3  損害の填補

本件事故による雅美の死に対する香典として原告磧本宝が被告から金一五万円、日本学校安全会から金一五万円、合計金三〇万円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

したがつて、前記雅美の損害額から右金額を控除するのが相当である。

4  相続

前記のとおり原告磧本宝、同磧本一子は雅美の両親であり、雅美の相続人として、雅美の死亡によりその権利を相続したことは当事者間に争いがない。

したがつて、右原告らは各自右1、2の合計金額から同3を控除した金額の二分の一の損害賠償請求権を相続し、その額は各自金二五九万四八一九円(円未満切り捨て。)となる。

(二)  原告らの慰藉料

1  原告磧本宝、同磧本一子

<証拠>によれば、雅美は、右原告らの長男として出生し、前記のように身体健康で学業成績も優秀な子どもであつたとから、右原告らにおいてその将来に多大の期待をかけていたこと、本件事故による雅美の不慮の死により右原告らはしばらく生きる気力を失うほどの精神的打撃をうけたことが認められる。その他本件事故の態様、雅美の過失等諸般の事情を考慮すれば、本件事故により右原告らの蒙つた精神的苦痛を慰藉するためには、各金五〇万円をもつて相当と認める。

2  原告磧本久子

前記のとおり右原告は雅美の姉であるが、<証拠>によれば、右原告には他に兄弟姉妹がいないこと、本件事故当時右原告はわずか一二歳であり唯一人の弟を不慮の事故により失つた精神的打撃は大きなものがあると推察することができる。その他本件事故の態様、雅美の過失等諸般の事情を考慮すれば、本件事故により右原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉するためには金一〇万円をもつて相当と認める。

五、結論

以上認定のとおり、被告に対し、原告磧本宝、同磧本一子は各自右四(一)4、同(二)1の合計金三〇九万四、八一九円、原告磧本久子は右四(二)2の金一〇万円の損害賠償請求権を取得したことになるから、原告らは、いずれも被告に対し右各金員およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四五年四月一四日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、なお、仮執行免脱宣言の申立についてはその必要がないものと認め、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 三村健治 神吉正則)

別表2

令帯

平均月間賃金給与額

平均年間賞与

その他特別給与額

年間平均総収入

年間平均純収入

20~24

四万〇、五〇〇円

九万二、六〇〇円

五七万八、六〇〇円

二八万九、三〇〇円

25~24

五万三、三〇〇円

一四万五、三〇〇円

七八万四、九〇〇円

三九万二、四五〇円

30~34

六万三、六〇〇円

一八万五、〇〇〇円

九四万八、二〇〇円

四七万四、一〇〇円

35~39

六万九、〇〇〇円

二一万一、〇〇〇円

一〇三万九、〇〇〇円

五一万九、五〇〇円

40~49

七万五、一〇〇円

二四万八、九〇〇円

一一五万〇、一〇〇円

五七万五、〇五〇円

50~59

七万一、八〇〇円

二二万八、七〇〇円

一〇九万〇、三〇〇円

五四万五、一五〇円

別表3

年令帯

各年令帯における純収入合計

事故時からの年数

(端数は切り上げ)

ホフマン係数

うべかりし利益

(端数は切り捨て)

20~24

一四四万六、五〇〇円

一五年後

〇・五七一

八二万五、九五一円

25~29

一九六万二、二五〇円

二〇年後

〇・五〇〇

九八万一、一二五円

30~34

二三七万〇、五〇〇円

二五年後

〇・四四四

一〇五万二、五〇二円

35~39

二五九万七、五〇〇円

三〇年後

〇・四〇〇

一〇三万九、〇〇〇円

40~49

五七五万〇、五〇〇円

四〇年後

〇・三三三

一九一万四、九一六円

50~59

五四五万一、五〇〇円

五〇年後

〇・二八五

一五五万三、六七七円

(合計 七三六万七、一七一円)

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